王子様とむかえる朝~秘めやかな蜜をたたえて~ 《 番外編 03

 宰相の執務室で政治について学んだあと、チェリーは今度は王子の執務室を訪ねていた。ティーワゴンを押してなかへ入る。

「プラム様、お茶をお持ちいたしました」
「……ああ」

 王子の機嫌は案の定、なおっていない。ふてくされた表情でプラムは羽根ペンを置いた。

「あの、プラム様。先ほどは失礼いたしました。決してプラム様のご説明がわかりにくいということではなく、私の理解力が乏しいのです」
「あーもー、いいよ、その話は。それより、命令がある」
「はい、何でしょうか」
「いますぐドロワーズを脱げ」
「……はい?」

 ティーカップを手に持ったまま固まる。プラムは机に頬杖をついて話し続ける。

「脱ぐのはドロワーズだけ、な。今日は一日そのままで過ごせ」
「なっ、そんなこと……」
「王太子命令だ。おまえに拒否権はない」
「……どうしてそんな意地悪をおっしゃるんです? やっぱりさっきのこと、根に持ってるんじゃないですか」

 眉尻を下げて王子を見つめる。プラムは顔をそむけた。

「……今日はもう勉強会はしないんだよな?」
「はい、ラズール様は午後からお忙しいようなので」
「よし、じゃあ早く脱げ」

 思い切り顔をしかめてみる。しかしそれ以上のしかめっ面でにらみ返されてしまった。

「じゃ、じゃあ……脱ぐのでうしろを向いていてください」
「いやだ。つべこべ言わずにさっさと脱げ」

 まくし立てられ、チェリーは肩をすくめて淡い桜色のドレスのすそをたくし上げた。
 このドレスは先日、王子からプレゼントされたものだ。スカートの丈は舞踏会などの正式な場で着るものよりも短く、ひざ下までしかない。街ではこのくらいの丈の長さが流行っているらしい。
 丈が短いおかげで動きやすいので、チェリーはこのドレスをとても気に入っているが、ドロワーズを履かないとなると、何とも心もとない。

「……これでいいですか」

 ドロワーズを片手に王子のようすをうかがう。

「ああ。それは俺があずかっておく」

 プラムが指をさしているのはチェリーがたったいま脱いだばかりの下穿きだ。

(うう、妙な感じ……)

 下半身がスカスカで心地が悪い。
 チェリーは執務机の前までゆっくりと歩き、ドロワーズを彼に手渡した。プラムはそれを片手で受け取り、しげしげと見つめ、机の一番下の引き出しにしまった。

「よし、ティータイムにするか。そのあとは部屋の掃除。それから衣装の整理、な」
「……はい」

 ティーワゴンで紅茶を淹れる準備をする。王子の碧い瞳が射るようにチェリーを見つめている。

(や、やりづらい)

 プラムの視線もそうだが、下半身の違和感がチェリーをさいなむ。どうも集中でなくて、手先がまごつく。

「おい、やけに手間取ってるな。早くしろよ。はあ~、喉が渇いて仕方がない」

 執務机から立ち上がったプラムは大きなカウチに座ってそう言った。声音には苛立ちのようなものはなくて、むしろ楽しそうだ。完全に面白がっている。

(もうっ、プラム様の意地悪)

 チェリーは無言で口をへの字に曲げて、カウチに座る王子をにらんだ。

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