「……どうぞ」
ガラス張りの透明なローテーブルのうえにティーカップを差し出す。自分のぶんも、隣に並べた。
プラムからは少し離れてカウチに腰かける。
「にゅっ」
「……にゅ?」
「い、いえ。何でもありません」
取り乱したようすでチェリーはティーカップを手に取ってすすった。
(やだな、変な声が出た)
下着を身に着けていない状態でカウチに座るのには違和感しかない。そのせいで、腰かけた瞬間に奇声を上げてしまったのだ。
プラムはチェリーの奇声にツッコミもせず上品に茶をすすっている。
(なにか言ってよね……! よけいに恥ずかしいじゃない)
チェリーは頬を赤らめ、ぐいっといっきに紅茶をあおってカウチから立ち上がった。
「そんなに急いで飲み干したりして、どうしたんだ?」
唇の端をうえへ曲げてプラムがこちらを見上げている。
「べ、別に……。早く掃除を終わらせようと思って」
彼とは目を合わせずにティーカップをワゴンの下段に入れた。
部屋の隅に置いていたバケツから雑巾を取り出し、せっせと窓を拭き始める。
言いつけられた仕事は執務室の掃除と衣装部屋の整理だけだ。それさえ終わればきっとドロワーズを返してもらえる。
さすがにこの格好のままでは部屋の外へ出られない。それはプラムもわかっているはずだ。
懸命に窓を拭いて、ほうきでカーペットのうえを掃く。
ああ、最新鋭の魔道式掃除機があればこんなほこりは一瞬で片づけてしまうことができるのに。
どういうわけかプラムはこの執務室でそれを使うのを禁止しているのだ。静音性にすぐれた良品なのに、と心のなかだけで愚痴をこぼしつつ手を動かす。
(よし、おおかたはキレイになった)
あとは本棚のうえのほこりを落とすだけだ。
続き間の小部屋から小さな脚立を持ってきたチェリーはそれを本棚の前に置き、段を3つほどのぼった。
「殿下、失礼します」
ノックの音と誰かの声と、それから扉がひらくのはほとんど同時だった。ふと、振り返る。
「っ……!」
脚立の一段が狭いものだから、振り返った拍子にバランスを崩してしまった。
よたよたと段を駆け下りて、しかしうまく着地できずにドタッと尻もちをつく。
「チェリー、ここにいたのかい。大丈夫、か――」
プラムの執務室にやってきたラズールはチェリーの姿を見るなり硬直した。目も口もぽかんと開いている。
彼の視線の先には、チェリーのひらかれた両脚。彼女のスカートはものの見事にめくり上がっている。
「~~っ!!」
あわてて脚を閉じてスカートのすそを引きおろす。
(みっ、みっ、見られた……!?)
おそるおそる見上げる。ラズールの顔はいまだかつてないくらい真っ赤だ。口もとに手を当てて視線を泳がせている。
「チェ、リー、その……いや、何というか」
「ラズール、おまえはクビだ! 即刻、消えろ!!」
バンッと大きな音がした。プラムが執務机を両手で叩いたのだ。
「いやだなあ、殿下。これは事故ですよ。ご相談したい件があったんですが……また出直します」
宰相はニヤニヤと顔をほころばせ、手を振りながら執務室から出て行く。
チェリーは座り込んだまま彼を見送った。
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ガラス張りの透明なローテーブルのうえにティーカップを差し出す。自分のぶんも、隣に並べた。
プラムからは少し離れてカウチに腰かける。
「にゅっ」
「……にゅ?」
「い、いえ。何でもありません」
取り乱したようすでチェリーはティーカップを手に取ってすすった。
(やだな、変な声が出た)
下着を身に着けていない状態でカウチに座るのには違和感しかない。そのせいで、腰かけた瞬間に奇声を上げてしまったのだ。
プラムはチェリーの奇声にツッコミもせず上品に茶をすすっている。
(なにか言ってよね……! よけいに恥ずかしいじゃない)
チェリーは頬を赤らめ、ぐいっといっきに紅茶をあおってカウチから立ち上がった。
「そんなに急いで飲み干したりして、どうしたんだ?」
唇の端をうえへ曲げてプラムがこちらを見上げている。
「べ、別に……。早く掃除を終わらせようと思って」
彼とは目を合わせずにティーカップをワゴンの下段に入れた。
部屋の隅に置いていたバケツから雑巾を取り出し、せっせと窓を拭き始める。
言いつけられた仕事は執務室の掃除と衣装部屋の整理だけだ。それさえ終わればきっとドロワーズを返してもらえる。
さすがにこの格好のままでは部屋の外へ出られない。それはプラムもわかっているはずだ。
懸命に窓を拭いて、ほうきでカーペットのうえを掃く。
ああ、最新鋭の魔道式掃除機があればこんなほこりは一瞬で片づけてしまうことができるのに。
どういうわけかプラムはこの執務室でそれを使うのを禁止しているのだ。静音性にすぐれた良品なのに、と心のなかだけで愚痴をこぼしつつ手を動かす。
(よし、おおかたはキレイになった)
あとは本棚のうえのほこりを落とすだけだ。
続き間の小部屋から小さな脚立を持ってきたチェリーはそれを本棚の前に置き、段を3つほどのぼった。
「殿下、失礼します」
ノックの音と誰かの声と、それから扉がひらくのはほとんど同時だった。ふと、振り返る。
「っ……!」
脚立の一段が狭いものだから、振り返った拍子にバランスを崩してしまった。
よたよたと段を駆け下りて、しかしうまく着地できずにドタッと尻もちをつく。
「チェリー、ここにいたのかい。大丈夫、か――」
プラムの執務室にやってきたラズールはチェリーの姿を見るなり硬直した。目も口もぽかんと開いている。
彼の視線の先には、チェリーのひらかれた両脚。彼女のスカートはものの見事にめくり上がっている。
「~~っ!!」
あわてて脚を閉じてスカートのすそを引きおろす。
(みっ、みっ、見られた……!?)
おそるおそる見上げる。ラズールの顔はいまだかつてないくらい真っ赤だ。口もとに手を当てて視線を泳がせている。
「チェ、リー、その……いや、何というか」
「ラズール、おまえはクビだ! 即刻、消えろ!!」
バンッと大きな音がした。プラムが執務机を両手で叩いたのだ。
「いやだなあ、殿下。これは事故ですよ。ご相談したい件があったんですが……また出直します」
宰相はニヤニヤと顔をほころばせ、手を振りながら執務室から出て行く。
チェリーは座り込んだまま彼を見送った。